『SAVE』に登場する小物 コーヒー

『SAVE』には様々な小物が登場します。

前回紹介したユッカ・ロストラータもそのひとつですが、今回は主人公が毎日のように淹れているコーヒーについて書いてみようと思います。

実はこのコーヒー。

当初は、できれば登場させたくない小物でした。

主人公の趣味は、最初は二つだけだった

『SAVE』の主人公には、

「極めて緻密な計算を好む」

という性格があります。

もっと簡単に言ってしまえば、最適解フェチです。

何かをするとき、感覚だけで済ませるのではなく、条件を突き詰めていく。

なぜそうなるのか。

どうすればもっと良くなるのか。

そこに数値化できるものがあるなら数値化し、条件を揃え、自分なりの「最適解」を探そうとする。

そんな主人公の性格を表現するため、最初に設定した趣味がカメラとシンセサイザーでした。

カメラには、絞り、シャッタースピード、ISO感度、焦点距離などがあります。

シンセサイザーにも、オシレーター、フィルター、エンベロープなど、音を作るために操作する様々な要素があります。

どちらも感性の世界でありながら、その裏側には数値や理屈がある。

主人公の趣味としては、この二つだけで十分だと思っていました。

コーヒーは、できれば出したくなかった

では、なぜそこにコーヒーが加わったのか。

実を言うと、作者自身はコーヒーにそれほど強いこだわりがありません。

飲む量だけなら、かなり多いです。

それこそ毎日のように、死ぬほど飲みます。

でも、豆の産地に詳しいわけでもなければ、抽出方法を研究しているわけでもない。

「この豆なら、この温度で、この挽き方で……」

などと考えて飲んでいたわけではありません。

ですから当初、主人公の趣味としてコーヒーを設定するつもりはありませんでした。

もうひとつ、理由があります。

これは物語を最後まで読んだ方ならわかると思いますが、『SAVE』には主人公の存在そのものに関わる仕掛けがあります。

そのため執筆時には、できるだけ「飲む」「食べる」という描写を入れたくないという気持ちがありました。

もちろん、物語として成立させるために必要なら入れることはできます。

ただ、できることなら避けたい。

後から振り返ったときに、

「そういえば、あれはどういうことだったんだ?」

という余計な引っかかりを残したくなかったからです。

そんな事情もあって、コーヒーはむしろ『SAVE』から遠ざけておきたい小物でした。

「コーヒーも数値で管理できますよ」

ところが、物語の設定についてAIと相談していたときのことです。

主人公の「最適解を求める性格」を表現できる趣味について話している中で、AIからコーヒーを提案されました。

そこで初めて知りました。

コーヒーって、こんなに数値で管理する世界だったのか。

豆の量。

お湯の量。

湯温。

挽き目。

抽出時間。

それらを変えることで、出来上がる一杯も変わっていく。

作者本人は毎日大量に飲んでいるくせに、そんなことをほとんど意識したことがありませんでした。

でも、知った瞬間に思いました。

「ああ。こいつ、絶対やるわ」

主人公なら、やる。

豆を目分量で入れたりしない。

お湯も「これくらい」で済ませない。

温度を測る。

量を測る。

時間を測る。

昨日より今日。

今日より明日。

同じ一杯を再現しようとするだけではなく、その先にある「もっと良い一杯」を探し始める。

作者自身にはほとんどなかったコーヒーへのこだわりが、主人公には妙にしっくりきてしまいました。

こうして、本当は登場させたくなかったコーヒーが、『SAVE』の中に入り込むことになりました。

83℃と20g

物語の中では、主人公がコーヒーを淹れる場面に具体的な数値が登場します。

湯温83℃。豆20g。

もちろん、これがコーヒーにおける絶対的な正解という意味ではありません。

むしろ重要なのは、主人公が自分なりの正解を数値として持っていることです。

なぜ83℃なのか。

なぜ20gなのか。

彼の中では、それなりの理由がある。

そして条件を変えれば結果が変わることを理解したうえで、自分の求めるところへ近づけていく。

カメラやシンセサイザーと同じです。

そう考えると、当初は予定になかったコーヒーも、主人公の性格を説明する小物として非常に使いやすいものでした。

そして、ちょっと皮肉な話

この記事を書きながら改めて考えると、少し面白い経緯です。

AIを題材にした物語を書いている作者が、

主人公の設定についてAIに相談して、

AIから「コーヒーも数値で突き詰められる」と教えられ、

それを主人公の趣味として採用した。

そして、その主人公が最終的に何者だったのか。

そこまで含めて考えると、なんとも『SAVE』らしい設定の生まれ方だった気がします。

作者が最初からすべてを計算して作ったわけではありません。

むしろ逆です。

書きながら調べ、AIと話し、知らなかったことを知り、それが物語の中に入り込んでいった。

主人公は最適解を求め続ける人物ですが、

その主人公を作った作者のほうは、かなり行き当たりばったりだったりします。

結局、コーヒーを入れてよかった

本当は入れたくなかった。

自分自身にそれほどこだわりがないから、詳しくもなかった。

そして物語の仕掛けを考えれば、飲食そのものを避けたいという理由もあった。

それでも結果として、コーヒーは『SAVE』の主人公を表現する小物のひとつになりました。

カメラを構える。

シンセサイザーのつまみを回す。

コーヒー豆を量り、湯温を測る。

一見するとまったく違う行為です。

けれど彼にとっては、おそらく全部同じです。

条件を知る。

数値を知る。

変化を観察する。

そして、自分なりの最適解を探す。

そんな彼が物語の中で出会ってしまったのが、

どれだけ考えても、どれだけ計算しても、最適解など見つからないもの。

人の心でした。

そして――

セラでした。

そう考えると、本来なら登場させたくなかったコーヒーが彼の日常に置かれていることにも、今では意味があったように思えます。

83℃。

豆20g。

そこまでは測れる。

けれど、

誰かを想う気持ちだけは、最後まで数値では測れなかった。

コーヒーは、そんな主人公の「計算できる世界」を象徴する小物のひとつなのかもしれません。