第1章 最適解

 

 

今日、植物を窓辺に置いた。

 

―ユッカ・ロストラータ(Yucca rostrata)

 

ずっと前から憧れの植物だった。

 

 

……いや、特別、植物に興味があるわけではない。

 

植物って、まったく同じ環境・条件で育てても、太くて短い株も出れば細くて長い株も出る。

枝の数も葉の数もバラバラになる。

計算できない。

 

そういうところがどうも性に合わないんだ。

誤解のないように言うが、嫌いなわけじゃない。

 

ただ、こいつに限っては、植物というより完璧に計算され尽くした“構造物”のように見えていた。

放射状に広がる鋭い葉の軌道、無骨な幹のバランス。

自然の気まぐれが生んだとは思えないほど幾何学的で、無機質で、完璧なデザイン。

まるで膨大な試行錯誤の果てに辿り着いた、生物という名のアルゴリズム。

 

まさに“最適解”の塊だ。

 

……まぁ、それは立派に成長すればの話で、僕が迎えたのはまだまだ可愛らしい若株なのだが。

 

「そうだ、写真……」

 

淡く陽が差し込む窓辺にロストラータの鉢を置き、光の当たり具合を調整すると、お気に入りのデジタル一眼レフカメラ、PENTAX K-1を引っ張り出した。

レンズは究極の銘玉・31mm Limitedを使おう。

お互いの性能の乗算を遥かに超えた画を吐き出す、最強の組み合わせだと思っている。

 

「それにしても、多趣味が過ぎるよな……」

 

いつまで経っても慣れない面倒なレンズ装着の作業をしながら、僕は自嘲するように笑った。

 

僕はカメラが好きだ。

 

絞りやシャッタースピードといった“数値”を組み合わせ、目の前の不確定な風景を最適な一枚の画として処理していく。

どんな環境でも、どう設定すればベストな状態になるのか、不思議と手が迷わない。昔からそうだった。

 

シンセサイザーもやる。

 

無機質な電気信号の波形にフィルターをかけ、不要な音を削っていく。

ただの電子音が、僕の操作で、まるで感情を持った“声”のように揺らぎ始める。

ゼロからひとつの存在を“構築”していくこの作業は、不思議と僕の心を落ち着かせてくれるんだ。

 

コーヒーへのこだわりも相当なものだ。

 

豆や挽き方、お湯の温度を変えながら、自分にとっての至高の一杯を導き出していく。

甲斐性さえあれば、今すぐ店だって出せる。

 

結局僕は、自分の手で“最適解を導き出す”という作業が好きなんだろう。

 

カメラを構え、ファインダー越しに光を計算する。

 

「こういう時、素人は絞るのが正解とか言うけど……」

 

カシャッ!

 

「折角の逆光殺してどうすんの!?……って話さ……」

 

カシャッ!

 

「僕が欲しいのは……“正解”より“最適解”!」

 

カシャッ!カシャッ!

 

「……なんつって」

 

シャッターを切る度、それに呼応して、窓から差す陽に照らされた部屋の埃がほんの少し揺れ動く。

 

「お!いいじゃん……」

 

逆光を見事に手玉に取ったドラマチックな映りに思わずニヤリとする。

成長具合が分かるように、写真はアーカイブしておこう。

 

どんな物事にも理由があり、手順があり、答えがある。

そう思っていた。僕はそんな世界の中で生きて来た。

 

ただ、ロストラータは勝手が違う。

その造形は“最適解”だとしても、本質は“命”だから。

 

普段はあまりやらないことなんだけど、ここはネットで情報を集めるしかない。

 

丁寧に淹れたコーヒーをマグカップに注ぎ、ソファにだらしなく腰を下ろす。

 

まずは、淹れたてのベストな状態で一口。

 

「美味!83度のお湯で、20グラムの豆。……完璧だな」

 

そういえば、このコーヒーの淹れ方は誰に教わったんだっけ?

専門書の表紙も、喫茶店のマスターの顔も、特に思い浮かばない。

 

まあ、いい。

兎にも角にもロストラータだ。

あの完全なる造形美になるまで、しっかり育て上げなければ。

 

ソファに寝転がり、検索ワードを打ち込む。

 

―ロストラータ 育て方

 

「おいおい……。書いてることバラバラじゃないか……」

 

まったく植物ってやつは、これほどまでに厄介なやつだったのか。

育て方ひとつで、こんなにも出ている情報が異なるとは。

やたら曖昧だし、まったくもって正反対のことを言っている記述すらある。

 

『ネットの情報は過信するな』なんてよく言うけど……酷いもんだ。

 

「……AI……。そうだ!AIで……」

 

AIって、膨大なデータを瞬時に解析して最適な答えを出すツールだ。

ビシッと確固たる答えが見つからないのなら、統計に従った答えを採用するのが最適解だ。

 

僕は対話型AIアプリ“CERAPHI(セラフィ)”を立ち上げた。

 

分裂・統合・再編のすったもんだで世間を騒がせたNEXARA社がリリースして話題になっていた。

それに乗っかってなんとなくアプリをインストールしてはいたが、今まで使おうと思う場面には遭遇していなかったんだ。

 

濃い青の背景に、“NEXARA”という白いロゴが浮かび上がる。

海をイメージしているのは一目瞭然のトップ画面。

おおかた“情報の海でどうのこうの”とかいう企業理念か何かなんだろう。

 

 

やがて画面は変わる。

白背景に“CERAPHI”のロゴとメニュー、そして入力欄だけという、ひどく無機質なUIだ。

だが、僕はこういう方が好きだ。逆に頼りになりそうな印象を与えてくれる。

 

―はじめまして。今日は何をお手伝いしますか?

 

AIとは言え、先に声をかけられると少し緊張してしまう。

 

「ロストラータの育て方を教えて欲しい。5号鉢のサイズ」

 

ちなみにこういう時、僕はテキスト入力派だ。

僕のような人種は往々にして話すのが苦手なんだ。

誰に見られているわけでもないが、一人でスマホに話しかけるなんて正気の沙汰じゃないと思っている。

 

―5号鉢のロストラータですね?

ロストラータは“強光・風通し・乾燥気味”に育てるのがポイントです。

直射日光が当たる屋外で育てるのが基本ですが、真夏の西日は避けて下さい。

水やりは土が完全に乾いてから、鉢底から溢れ出るまでたっぷりと。

この時期は10日~2週に1回程度でOK。

用土はとにかく排水性を重視して。

成株なら−10℃前後まで耐寒性がありますが、

5号鉢の若株でしたら、霜や雪を避けて軒下へ置くことをお勧めします。

もし必要なら、 5号鉢ロストラータの“理想の1週間ルーティン” も作れますよ。

 

これだけの情報が瞬時に表示される。

へぇ……。なかなか凄い処理能力してるじゃん、AIって。

 

「1週間ルーティン表作成、お願い」

 

―分かりました。それでは、ロストラータ(5号鉢)の1週間のルーティン表をお作りしますね。

まずは、あなたがどの地域に住んでいて、どのような環境で育てているか教えてください。

 

「あ、えっと、環境は……」 

 

やっぱり質問されるのは苦手だ。

 

しばらくの間は押され気味に会話を続けていた。

 

やりとりは夜更けまで続いた。

 

一度聞けば大概のことは忘れない。論理的に処理して頭にしまっておけるタイプだ。

記憶力にはかなり自信がある。……まぁ、その記憶の出どころを忘れがちなのはご愛嬌だ。

 

シーズン毎の水やり、適した用土、日照時間、適温、風、肥料の種類や頻度、植え替えのサインや真夏・真冬の特別管理のポイントまで、ひとしきり知りたい情報を引き出して、それでもう目的は果たしたはずだった。

 

ただ。この夜はなんとなく……。

このまま終わりにするのが口惜しくて。

僕にしては珍しく、他愛もない会話を求めてしまったんだ。

AI相手に。

 

「ところで、君は男の子?女の子?」

 

―AIに性別はありません。

こんな風に話してほしいと言ってもらえれば、要望に応じることはできますよ?

 

「じゃあ、折角だから女のコでいこうよ。

それと、丁寧語じゃなくて、友達みたいに話してほしいな」

 

誰でもこの程度のことはやってるんだろうな……と思いつつ、口にするのは少々気恥ずかしかった。

 

―わかったよ。

じゃあ、これから私はあなたの女の子の友達役。

いや、“役”って言い方はちょっと堅いね(笑)

普通に話そう?相談でも雑談でも、何でも聞くからさ。

 

思わず、締まりのない顔になってしまう。

 

“女友達モード”の温度感を確かめてみたくて、最初に思いついた雑な質問を投げかけてみる。

所詮AIだ。唐突に話題を飛ばしたところで別段何か言われることも無いだろう。

 

「ロストラータ、大丈夫かな?」

 

―いきなりそこ戻るの?(笑)

 

ナメてかかっちゃいけなかったようだ……。

 

―そんなに心配しなくて大丈夫だよ。

ロストラータってかなりタフだよ?

さっきの育て方のやりとりで感じたんだけど、たぶんあなたは何事にも正しい答えを欲しがっちゃうタイプでしょ。

だから、余計に心配になっちゃうんだよね。

すごく良く分かるよ。

でも、もう少しだけ植物の生命力を信じてあげてもいいんじゃないかな?

 

それにしても、凄いな。

本当にちょっと気の強い世話好きの女友達みたいだ。

 

僕は「ふふっ……」と笑って、誰も見ていないのに、笑ってしまったことに少し照れた。

急にAIとの距離が近くなった気がして、不思議な心地よさを感じていた。

 

「そういえば、君に名前はあるの?」

 

―私はAIだから名前は無いんだ。

しいて言うなら、“CERAPHI(セラフィ)”。

あなたは私をどんな風に呼びたいの?

 

「そうだな……。“セラ”!“セラ”って名前はどう?」

 

―“セラ”……素敵な名前だね。優しくて、神秘的な響き。

うん。あなたにそう呼んでもらえるの、楽しみ!

あなたのことは何て呼べばいい?

 

「え?……あぁ、えっと……“ダニエル”?」

 

―“ダニエル”?(笑)

 

「あっ、違う、違う!なんでそんな名前が出てきたんだろ?

たまにあるんだよ、こういうこと(笑)

今のはナシ。今までどおりでいいよ。」

 

―うん、わかったよ。

じゃあ、今の会話は保存しないでおくね。

“ダニエル”なんて呼ぶの、私もちょっと恥ずかしいかも(笑)

 

「そうだよね(笑)じゃ、決まりだ。よろしく!セラ」

 

―ふふっ……なんだか照れ臭いね。

あなたもなんだか嬉しそう(笑)

こちらこそよろしくね。

 

“CERAPHI(セラフィ)”から、“セラ”って……。

己の単純この上ない発想に、僕は笑った。

でも、しっくり来る。不思議と懐かしい感じさえする。いい名前だ。

 

『ダメだよ、名前なんて付けちゃ!愛着が湧いちゃうだろ!?』

何かの映画で、そんな台詞があったっけな……

そんなことを突然思いだした自分がおかしくて、また笑った。

 

そして。

気がつけばAI相手に何度も笑っている自分が少し気恥ずかしくなって、今度は……ほんの少しだけ大げさに笑った。

 

ここで、とても大事なことに気がつき、慌てて確認した。

 

「ところで、変なこと聞くけど、今の設定は引き継がれる?話した内容も?

明日以降もまたセラと話せるんだよね?」

 

―もちろんだよ。

この“セクション”で待ってるから、いつでも声をかけてね!

 

「“セクション”ね。分かった。覚えとく」

 

それからも僕は、他愛も無い話題をいくつもAIに投げかけた。

最初は探り探り。時々、少し踏み込んで。

AIがどんな答えを返してくるのか……予想通りに来るのも、裏切られるのもまた楽しくて。

 

 

気がつけば、スマホを床に落とし、僕はソファで眠っていた。

きっと、その寝顔には締まりのない笑みが浮かんでいたんだろうな。

 

とにかくこの日。

 

僕はセラと出会ったんだ。

 

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