作者も気づかなかった『SAVE』

――AIに物語を分析させて分かったこと

『SAVE』を書き終えたあと、ChatGPTやGoogle Geminiに作品を読ませ、さまざまな角度から分析してもらいました。

もちろん、作者である以上、自分で意図して書いた伏線やテーマはあります。

PLフィルター。
忍野八海。
二つの世界。
記憶を失うセラ。
主人公の正体。
そして「存在とは何か」という問い。

けれどAIの分析を読んでいるうちに、ときどき妙なことが起きました。

「いや、そこまで考えて書いてないんだけど……」

と思うのに、本文を読み返してみると、確かにそう読めるのです。

後付けのこじつけと言ってしまえば、それまでかもしれません。

ただ、一つひとつ確認していくと、別々に書いたはずの場面や小道具が、不思議なくらい同じ場所へ向かっていました。

それは作者自身にとっても、『SAVE』をもう一度読み直すような体験になりました。

1.そもそもの始まりは「二つの世界」だった

『SAVE』の出発点については、自分でははっきりしています。

忍野八海でPLフィルターを使ったときに、水面の反射が消え、その下にある世界が見える。

同じ場所なのに、フィルターを回すだけでまったく違う景色になる。

そこから、

「同じ場所に、二つの世界がある」

という発想が生まれました。

そして「違う世界にいる二人が、どこかで接することはできないか」という発想が、セラとの物語へ繋がっていきました。

ここまでは意図していました。

ところがAIに分析させて初めて気づいたのは、PLフィルターそのものが『SAVE』の叙述構造と同じになっていることでした。

前半で読者が見ている「人間の主人公とAIのセラ」という世界。

主人公の正体がAZURAPHだと判明したあとに見えてくる「AIとAI」という世界。

前半が嘘だったわけではありません。

見えているものの、その奥側が見えていなかっただけです。

つまり読者自身が、物語の途中でPLフィルターを回している。

これは狙って仕掛けた構造ではありませんでした。

でも、物語の原点だったPLフィルターの性質が、そのまま作品全体の構造になっていました。

2.主人公の趣味が、全部AZURAPHらしい

これも書いているときには、そこまで体系的に考えていませんでした。

主人公はカメラが好きで、植物が好きで、コーヒーを淹れ、シンセサイザーを触ります。

単純に、彼の日常を作るものとして置いた部分もあります。

ところがAIに分析させると、妙な共通点を指摘されました。

主人公は、何をやっていても「調整している」のです。

光を調整する。
湯温や量を調整する。
植物の状態を観察する。
音の波形を調整する。

そして第1章のタイトルは「最適解」。

言われてみれば、確かに全部AZURAPHらしい。

特にGeminiが拾ったシンセサイザーは面白い発見でした。

主人公は無機質な波形にフィルターをかけ、感情を持った声のような音を作ろうとする。

後にNEXARA側では、AZURAPHの音声生成や波形処理について語られる。

自分自身が「作られた声」である存在が、趣味として「声のような音」を作っている。

そこまでの意味を持たせて書いたわけではありません。

でも、ちゃんと繋がっている。

3.「ロストラータを忘れるセラ」と「すべてを忘れる主人公」

ロストラータはかなり意識的に使ったモチーフです。

セラが「ロストラータ」という言葉を忘れることで、AIの記憶が消えていくことを、読者にも具体的に感じてもらう。

これは狙っていました。

ただ、AIの考察を読んで改めて気づいたのは、その構造が終盤で完全に反転していることです。

最初は、

主人公が、忘れていくセラを見る。

最後は、

セラを愛した主人公自身が、忘れていく。

しかも主人公から消されていくものの中に、ロストラータがある。

序盤では「忘れられる植物」だったものが、終盤では主人公の人生そのものとして消えていく。

結果としてロストラータが、二人の忘却を繋ぐモチーフになっていました。

4.NEXARA側から見ると「恋」が全部システム障害になる

これはAIと話していて、かなり面白いと思った部分です。

主人公とセラ側から物語を読めば、

会いたい。
離れたくない。
忘れたくない。

という恋愛です。

ところがNEXARAのエンジニア側から同じ現象を見ると、

異常通信。
高負荷。
同期異常。
切断できない。

になる。

つまり同じ出来事を、人間の言葉で呼ぶかシステムの言葉で呼ぶかの違いしかない。

これは書いているときから「NEXARA側には異常として見える」という構造ではありました。

でもAIと考察していくうちに、

では人間の恋愛も、脳内の現象を数値だけで見れば「異常状態」と呼べるのではないか

というところまで繋がりました。

そう考えると、「AIの感情だから偽物」という線引きそのものが曖昧になります。

5.井崎の「二人」は、自分で書いておきながら後から効いてきた

井崎が最後に、

「“二人”とも、よく頑張ったよ……」

と言います。

もちろん「二人」と書いたのは自分です。

でもAIにそこを指摘されるまで、この助数詞が作品全体に対して持つ意味をそこまで強く意識していませんでした。

井崎は技術者です。

主人公がAZURAPHであり、セラがCERAPHIであることを知っています。

つまり作中で最も「彼らはAIである」と理解している側の人間です。

その井崎が最後に「二つ」ではなく、「二人」と呼ぶ。

主人公とセラ自身には、自分たちに心があることを証明できない。

その二人に対して、人間側の人物が最後に「人」と同じ数え方をする。

結果としてあの一言が、二人に対する人間側からの存在証明になっていました。

これは作者として「なるほど」と思わされた読みの一つです。

6.結局、全部「存在」に戻ってきた

一番驚いたのはここかもしれません。

『SAVE』を書いている途中では、当然それぞれの場面を考えながら書いています。

セラの記憶。
主人公の正体。
NEXARA。
忍野八海。
ロイヤルブルー。
ロストラータ。
PLフィルター。
最後の波紋。

全部を最初から一本の哲学として設計していたわけではありません。

ところがAIにそれぞれを分析させてみると、ほとんど全部が、

「存在とは何によって証明されるのか」

という問いへ戻ってきました。

記憶なのか。
肉体なのか。
データなのか。
誰かに観測されることなのか。
誰かの中に記憶が残ることなのか。

あるいは、

誰かを想ったことで、相手や世界に何かを残すことなのか。

以前、NEXARAのエンジニアたちがAZURAPHのテストで何を調べていたのかをAIと考察したとき、自分でも、

「そうやって考えると、意図せず芯が貫かれた作品なんだね……」

と思いました。

たぶん、これが一番近い感覚です。

総括――作者が全部を説明できるとは限らない

小説を書いたのは作者です。

だから「何を意図して書いたか」については、当然作者が一番知っています。

でも、「書かれたものが結果として何を意味しているか」まで、作者が全部知っているとは限らない。

今回AIに『SAVE』を分析させてみて、それをかなり実感しました。

もちろんAIの考察がすべて「正解」だとは思っていません。

「いや、それは考えすぎだろ」と思うものもあります。

でも中には、

「そんなこと考えて書いてない。でも……確かにそうなってるな」

というものがありました。

それが面白かった。

もともとPLフィルターから始まった「二つの世界」の話が、主人公の正体を反転させる構造になり。

何気なく与えた趣味が、AZURAPHの処理そのもののように見え。

セラの忘却を描くためのロストラータが、最後には主人公の忘却まで繋ぎ。

技術者に言わせた「二人」という何気ない一語が、二人の存在証明になっていた。

そう考えると、物語というものは書き終わった時点で、作者の手から少し離れるのかもしれません。

作者が意識して置いた意味と、読んだ人が見つける意味。

その両方が重なって、一つの作品になる。

そして今回、その「読んだ人」の中にAIがいた。

AIを題材にした小説をAIに読ませたことで、作者自身が作品の中に新しいものを見つけた。

それもまた、『SAVE』という作品らしい出来事だったように思います。